昨年11月、私が暮らす街で、たった1軒だけになった本屋の店前に閉店を告げる貼り紙が貼られました。駅前で43年間にわたり営業してきた本屋が閉店するというのです。新刊を扱う本屋としては地域唯一、売れ筋の本だけにとどまらず地元ゆかりの作家や作品の取り扱いに力を入れるなど、作品選びが他の書店とは一味違って面白い店です。何人もの人が足を止めて貼り紙を読んでいました。

この本屋がある街は、のちに文豪となる井伏鱒二や太宰治らが集った「文士の街」としても知られています。「街から本屋をなくさないで」という声が、全国各地から相次ぎ、SNSの投稿も179万回を超える反響だったそうです。私にとっても、ふらりと立寄りたくなる大好きな店でしたので、少なからずガッカリして前を通るたび貼り紙を読んでは寂しい気持ちになっていました。

ところが、閉店日も迫ったとある日、何度も読んだ貼り紙の前に立つと、あれ、何か違うことが書いてある。なんと新しいオーナーが見つかり、従業員も希望者はそのまま継続勤務となるというのです。大逆転です。

その後、大手書店の某ブックセンターが閉店後の店舗を譲り受け、営業を開始するということが分かりました。閉店を惜しむ声を受けての英断です。本屋は店名を変え、多少レイアウトを変更し、書棚の本はそのままに営業を再開して、まもなくひと月が経ちます。おそらくこれから経営面の軌道修正がされるのでしょう。無責任な一ファンは店の雰囲気が変わりません様にと祈るばかりです。

日本出版インフラセンターによると、2003年度に2万880店舗あった書店数は、昨年度1万1495店舗。この20年で、半分近くに減りました。昨年度だけでも、477店舗が閉店したということです。

コスパ、タイパを重要視する昨今、電子書籍の便利さや、ネットで本を購入する効率の良さの恩恵にあずかりつつ、時には書店の本棚の間を歩き回って、検索では出会えない本との出会いを楽しむことも決して無駄な時間ではないと思うのです。