日々の業務の中で、様々な言語の翻訳者とメールでやり取りをしていますが、日本語を扱う翻訳者とは基本的に日本語でメールのやり取りをします。彼らとの日本語メールの中で大切にしていること、それはできる限りわかりやすく、シンプルな文章を心がけるということ。

日本語からの翻訳を専門としている翻訳者ですから、たいていの日本語は理解できることはもちろん承知していますが、日本語ネイティブとしての密かなプライドといいますか、日本人であるからこそ、できる限り正しい日本語を使いたいとの思いがあります。

そんなときいつも思い出すのが、以前オフィスで一緒に働いていたインハウスの翻訳者とのこんな会話。

ある日の朝、出社したばかりの彼から質問を受けました。徒歩通勤をしていた彼は、毎朝通るビルのとある看板のキャッチコピーがどうしても気になるのだと言います。

某韓国人人気俳優の笑顔の横に添えられている「あなたが好きだから」というコピー。彼曰く、正しくは「あなたを好きだから」ではないのか、と。アメリカ出身の彼は当時日本語を勉強中で、学んだ日本語で考えるならば「あなた“を”」となるはずだ、と。

「あなた“が”」となる理由を私なりに工夫して説明しましたが、すんなりとは納得できない様子。何度も何度も頭をひねりながら考えた末、「日本語は難しい」という彼のつぶやきでその会話は終わりました。

「を」なのか、「が」なのか。そのわずか一文字で伝わり方がぐっと変わる日本語。そして、一文字だけで正しく伝わらなくなってしまう日本語。我が家の小学3年生の娘から発せられる斬新なてにをはに驚かされることもいまだにしばしばあり、日本語を学ぶ海外出身者にとって、その難しさは想像に難くありません。

日本語は難しい。けれど、その一文字に心を砕いたとき、より相手に伝わる言葉を紡ぐことができるのも日本語ならではないでしょうか。

翻訳者との日本語でのやり取りは、日々の業務の中で様々な言語に触れているからこそ感じる日本語の深み、魅力、そして難しさにあらためて気づかされ、私自身の日本語を見直す良い機会にもなっています。