3月の歌舞伎座では、『仮名手本忠臣蔵』の通し狂言が上演されました。
この作品は『義経千本桜』『菅原伝授手習鑑』と並び、歌舞伎の三大名作と称される代表的な作品です。
しかし、通しで上演されるのは実に12年ぶり。まさに「待ってました!」という上演となりました。


かつて『忠臣蔵』は12月の風物詩でした。
映画やドラマで必ずと言っていいほど放送され、広く親しまれていた作品です。しかし、最近ではその機会がほとんどなくなりました。
そんな中、劇団四季が好きな姪と会った際、私は熱く語りました。
「今月の歌舞伎、片岡仁左衛門の大星由良助が本当に素晴らしかったの! 判官(主君)の無念を思う心、人間としての大きさ、品格に震えたわ!」
ところが、姪の反応は意外なものでした。
「忠臣蔵ってよく知らないし、切腹とか仇討ちとか、話が怖そうだから無理。私は深く考えなくていい楽しいお芝居の方がいい。」
まさか、「若い世代はもう忠臣蔵を知らないのか…?」と、衝撃を受けました。


そういえば、SNSでこんな意見を見かけて驚きました。
「主君への忠義のために命を捨てるなんて、今の時代にはあり得ない。そんな話を演じるべきではないのでは?」
確かに、今は個人主義や多様性が重視される時代です。
その視点から見ると、仇討ちは「私的な正義の執行」と捉えられ、現代にはそぐわないと感じる人もいるのでしょう。
しかし、『仮名手本忠臣蔵』の本質は、単なる忠義や仇討ちではありません。
・信念を貫く生き方とは?
・ 個人の感情と集団の義務の間で揺れる心
・ 理不尽な運命の中で、自分はどう行動するか?
こうしたテーマは、時代を超えて共感できるものです。
さらに、長年芸を磨き続けてきた役者の想いが重なり合い、この作品は単なる復讐劇ではなく、深みのある人間ドラマとして昇華されています。
だからこそ、長きにわたり愛されてきた作品なのだと思います。


姪には、ただ「難しそう」と敬遠するのではなく、『忠臣蔵』を壮大な人間ドラマとして楽しんでもらえたらと思いました。
また、お芝居の世界においても、「今の時代にそぐわない価値観だから認めない」という頑なな主張をするのではなく、もっと寛容な気持ちで受け止めてほしいと感じます。
そうでなければ、表面だけが綺麗で、人間の本質が描かれない薄っぺらいお芝居ばかりが出来上がってしまうのではないでしょうか。


同時に、私自身も、「知らない世界だからこそ、わからないからこそ、面白がる」そんな気持ちを大切にしたい。そんなことを思った、『仮名手本忠臣蔵』との通し上演でした。


『仮名手本忠臣蔵』とは?
『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』は、赤穂事件(忠臣蔵)をもとに作られた、江戸時代の人形浄瑠璃・歌舞伎の名作です。
舞台は室町時代に置き換えられ、
■ 浅野内匠頭 → 塩冶判官(えんやはんがん)
■大石内蔵助 → 大星由良助(おおぼしゆらのすけ)
と、登場人物の名前が変えられています。
物語は11段構成で、
・ 塩冶判官が敵に挑発され、怒って刃傷事件を起こす(松の廊下での刃傷:3月14日) 
・家臣たちは領地を失い、浪人となる
・ 1年半の準備の末、ついに仇討ちを果たす(討ち入り:12月14日)
忠義・義理・人情が絡み合う、日本の三大歌舞伎狂言の一つです。